大崎会長と松本人志の関係は?プールでの約束と兄貴と慕う絆の真実を調査!




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宮迫博之さん田村亮さんの”闇営業”にまつわる一連の騒動により浮彫にされたのが吉本興業のパワハラ体質。恐喝や癒着など、イメージダウンに繋がる問題ばかりが浮上してしまいましたよね。

吉本興業の問題が騒がれる中、さらに波紋を呼んだのはダウンタウン松本人志さんの吉本興業代表取締役会長である大崎会長を巡る発言。なんでも、松本人志さんがあるのは大崎会長のおかげなんだとか。2人の間には固い絆がある様なんです。

大崎会長と松本人志の関係は?プールでの約束と兄貴と慕う絆の真実を調査!と題してお送りします。是非最後までご覧ください!

大崎会長と松本人志の関係とは?ダウンタウンとのエピソード

大崎さんがいなかったら僕も辞めるので。ウチの兄貴なんでね。大崎さんがいなくなったら僕は辞めますね。

大崎会長を巡るダウンタウン松本人志さんの発言や、2人の関係についても注目を集めています。

大崎会長と松本人志さんの出会いは1982年。吉本総合芸能学院(NSC)に、ダウンタウンの担当になったのが大崎会長でした。いわゆるマネージャーですね。

ダウンタウンと言えば今では超人気芸人で、番組MCや演出などそれぞれに大活躍してますが、当時は全く売れておらず無名の芸人でした。暇を持て余した松本人志さんと大崎会長は2人で映画やサウナに行ったりもしていたそうですよ。

マネージャーとしてより近くで苦楽を共にしてきた大崎会長。ダウンタウンの育ての親と言っても過言ではない存在の様です。

ダウンタウンにとって大崎会長はマネージャーであると同時に、業界のイロハを教えてくれた兄貴分であり、プライベートも共にする友人であり、家族でもあったのです。

大阪で成功したダウンタウンの東京進出をサポートしたのも大崎会長でした。

1989年、今でも続く「ガキの使いやあらへんで」の放送がスタート。

1991年には「ダウンタウンのごっつええ感じ」の放送がスタート。この番組のプロデューサーを務めたのも大崎会長でした。

見事全国区になったダウンタウン。そんなダウンタウンを育て上げた大崎会長は高く評価され、吉本興業上層部へと登っていったのでした。

ダウンタウンとのエピソード

大崎会長がダウンタウンの担当になった頃、2人は全く無名でコンビ名も”松本・浜田”だったそう。

仕事も少なく、スケジュールはほぼ真っ白。そこで大崎会長は

”真っ白なスケジュールを渡してもどうしようもない” と、

〇月〇日〇時~ 大崎とコント打ち合わせ

と、3人だけの予定を作り渡していたんだとか。

ダウンタウンの2人はそれに素直に応じ、時間を惜しむ事なく3人黙々とネタ作りに励みました。練習も一緒にしていたそうですよ。ダウンタウンが売れる為には努力を惜しまないといった大崎会長の気持ちが伝わってきますよね。

また、ダウンタウンが売れ始めた頃から暴力団組織がダウンタウンや吉本興業に食い込もうとしてきたんだとか。

当時、組織としてそういった仕組みが成り立っていなかった吉本興業でしたが、

”なんとかして芸人を守らなくては”

と思った大崎会長は、芸人から暴力団組織を遠ざける役割を一手に引き受け、暴力団組織とひたすら話をしたそうです。

こんな役割誰もが嫌がったでしょうね。大崎会長が誰よりも芸人の事を考えているという事がひしひしと伝わってきますし、芸人としては”大崎会長に守ってもらっている”と感じずにはいられないですよね。

下積み時代から共に戦ってきた大崎会長が辞めたら一緒に辞める。という思いに松本人志さんが至ったのも納得です。

戦友でもある大崎会長と松本人志さん。2人は昔、ある約束を交わしていたんだとか。

大崎会長と松本人志の約束って何?

大崎会長と松本人志さんは、ダウンタウンがブレイクする前にある”約束”を交わしていました。

【松本人志の放送室】大崎洋が社長になるとおいしい!?

大崎会長はダウンタウンが売れる事を誰よりも望んでいたし、売れると信じていたんでしょうね。

それにしても25m息継ぎなしで泳ぎ切ってしまう大崎会長凄いですよね。

ちなみに、この約束はすでに果たされている様です。

ある出来事に対して松本人志さんがかなくなに首を縦に振らなかった事があったそうなのですが、その時に大崎会長が「あの時のプールの約束、今使うわ」と、言う事を聞いてもらったそう。しかしいつどの時でどんな内容なのかは分かりませんでした。

約束からどのくらいの時が経って約束が果たされたのかは分かりませんが、約束を2人とも覚えていて、それをちゃんと守ったという所が素敵だなと思います。

大崎会長と松本人志さんの関係について注目が集まった事の発端である、”闇営業にまつわる一連の事件”。

それを受けての”松本、動きます。”のツイート。会談内容や吉本興業の行く末について調べてみました。

大崎会長をかばう松本人志、緊急会談の内容とは?

大崎会長がダウンタウンのマネージャーだった事は先にも述べましたが、実は吉本興業代表取締役社長の岡本昭彦氏も元マネージャーだったのです。

”闇営業による金銭授受及び虚偽報告”の中で暴露された岡本社長のパワハラ発言

吉本興業と反社会勢力がつながっているともとれる内容もあり驚きましたよね。

宮迫博之さんと田村亮さんの謝罪会見の日の夜、松本人志さんは、

とツイート。そしてその日の夜10時頃本当に動きました。

大崎会長や岡本社長などの吉本興業上層部と話をしに行った様ですね。

この翌日、松本人志さんは自身がMCを務める「ワイドナショー」を収録済だった内容を放送するのではなく生放送に変更し出演。

吉本興業がこのままなら、僕は辞めるしかないと会社に伝えた
大崎会長が辞めるなら僕も辞める

と、緊急会談での事を語っていました。

そして番組内で岡本社長がVTR出演し、今回の騒動について謝罪、7月22日に会見する事を明言しました。

緊急会談の中で、「このまま事が大きくなる様であれば進退についても考えなくてはならない」と言う大崎会長の言葉を受けての松本人志さんの「大崎会長が辞めたら僕も辞める」発言。

吉本興業にとって松本人志さんが辞める事はかなりの痛手ですよね。

でも大崎会長が辞めたら行動力のある松本人志さんですから本当に辞めてしまうと思います。

裏を返せば、パワハラ発言が明るみになってしまった岡本社長が責任を取るしかないと言っている様にも思えます。

結局の所、大崎会長も岡本社長も辞任せず、”50%の減俸”のみに留まりましたが。

同じ元マネージャーだとしても、年齢的にも岡本社長はダウンタウンよりも年下。大崎会長との絆に勝る信頼関係を岡本社長とは築けていなかったんでしょうね。

松本人志さんは岡本社長に対して、

20年くらい前から言葉づかいが横暴になって、それは本人にも指摘した。そういう所が今回出ちゃったんでしょうね。

と語っていました。

こういった松本人志さんの一連の言動を見ると、芸人の肩を持っていると思ってしまいますが、確かに芸人たちの為にとった行動で、会社に対して怒り憤っているのでしょうけど、宮迫博之さんや田村亮さんに対して、

「急に悪から善になるわけではない」と、きちんと釘を刺していましたね。

泣いて謝れば許されるわけではないのです。

松本人志さんはあくまで中立。でも見捨てる事はせず立ち直る為の手助けはするという事でしょう。

吉本興業の今後はどうなる?

今後の吉本興業はどうなるのでしょうか。所属している芸人たちも、ファンも不安ですよね。

一部では、ダウンタウンないし松本人志さんのみが吉本興業を辞め新事務所を設立し、宮迫博之さんや田村亮さんなどの事件関係者を引っ張るなんて噂もありますが、それはない気がします。

まずは、今ある吉本興業をどうにか良い方向に持っていきたい、というのが松本人志さんや他芸人たちの想いのはずですから。

現に、吉本興業の中に(事件を起こした芸人たちを引き取るべく)吉本興業を作りたいと提案し、会社側も受け入れたそうですからね。明石家さんまさんも同じような意見を持っているそうですよ。

多くの方が吉本興業の今後を気にする中、またまた松本人志さんがある”宣言”をしました。

今少しまとまりかけている。
芸人が一体となって、会社が改善をして膿は全部、何か悪い事をやってるんやったら正直に言ってくれと。そこをちゃんと明確にしないんやったら、もう僕が全員芸人連れて出ますわ。
不穏な雰囲気ですが、松本人志さんは続けてこうも発言しました。
今までそこまで親しくしてこなかった後輩たちともこれを機にいろいろ話が聞けそう。
もしこれをうまく乗り越えたら、今までよりすごいいい会社になると思ってて。

松本人志さんはいたって前向き。問題は山積みかもしれませんが、このまま吉本興業が営業停止になってなくなる、なんて事にはならなさそうですね。

こんなにも会社を思ってくれる松本人志さん。やはりそれは兄貴と慕う大崎会長を支えたいという気持ちからくるものなんでしょうかね。

大崎会長としても、会社を立て直そうを一緒に考えてくれる松本人志さんがいて心強いのではないでしょうか。

では続いて、大崎会長の経歴などを調べてみました。

大崎会長ってどんな人?プロフィールや経歴

今の大崎会長を見ると仕事人間で敏腕といった印象を持ちますが、吉本興業に入社した頃はサーファーで、適当に仕事をこなす日々だったそうです。

「ダウンタウンのごっつええ感じ」に出演した時の大崎会長と今の大崎会長の印象もだいぶ違いますよね。

大崎会長のプロフィール

名前:大崎洋(おおさきひろし)
生年月日:1953年7月28日(2019年7月現在66歳)
出身地:大阪府堺市
出身大学:関西大学
職業:プロデューサー
役職:吉本興業ホールディングス株式会社代表取締役会長

大崎会長は関西大学を卒業後の1978年に吉本興業に入社。

入社した理由は、”私服で通勤出来るから”だったそうです。w

1980年 大阪支社から東京支社へ異動。
1982年 大阪の吉本総合芸能学院(NSC)担当社員へ異動。
2000年 株式会社ファンダンゴの取締役に就任。
2001年 吉本興業、株式会社アール・アンド・シーの取締役に就任。
2002年 株式会社有明スタジオの取締役に就任。
2006年 吉本興業取締役副社長に就任。
2009年 吉本興業代表取締役社長に就任。
2019年 吉本興業代表取締役会長に就任。

入社してからは異動ばかりな大崎会長でしたが、ダウンタウンと出会いダウンタウンがブレイクしてからは、一気に出世コースへといった感じですよね。

入社当初は、期待されていない”窓際社員”だったという大崎会長。それが今ではカリスマ的オーラを放つ会社のトップですからね。

ダウンタウンの2人も、まさか会長になるとは思っていなかった様です。w

松本人志さんだけではなく、大崎会長を尊敬し、慕っている芸人は他にもたくさんいるんでしょうね。

今回の騒動で、松本人志さん始め、極楽とんぼの加藤浩次さんの熱い訴えも話題となりました。大崎会長らと対談もしましたね。

しかし、動いていたのはこの2人だけではありませんでした。

吉本興業の芸人トップとも言える明石家さんまさん。この方も密かに”トップ会談”を行っていたのです。

大崎会長と明石家さんまの関係は?会談の内容は?

大崎会長と明石家さんまさんが、2019年7月25日に直接顔を合わせて意見交換をしました。

会談の内容については一切分かっていませんが、テレビ局の関係者によると、「2人の事態収拾への揺るぎない気持ちは一致している。」との事。

1980年代までは吉本興業は大坂の1プロダクションでしたが、明石家さんまさんらの東京進出、そして、フジテレビの「オレたちひょうきん族」の大ヒットで一躍全国区のプロダクションになりましたからね。明石家さんまさんらの活躍を裏で支えていたのはもちろん大崎会長。

吉本興業にとって明石家さんまさんの存在はかなり大きいですし、大崎会長と明石家さんまさんの間にも何かしらのエピソードがありそうです。

調べてみた所、松本人志さんのような絆の深さが分かるようなエピソードではありませんでしたが、こんなエピソードがありました。

明石家さんまさんは昔から60歳で芸能界を引退するを考えていたんだとか。しかし吉本興業としては稼ぎ頭である明石家さんまさんに辞めてもらっては困るという事で引き留めていた状態。

そんな中、吉本興業に所属していた島田紳助さんの芸能界引退。明石家さんまさんと島田紳助さんは親友でした。

吉本興業にとって島田紳助さんの引退も大打撃。その事を大崎会長が明石家さんまさんに相談したとかしないとか。そこで明石家さんまさんは、「親友の島田紳助さんを復帰させたら代わりに俺を引退させてくれ。」と言ったそうです。

結局の所、島田紳助さんが復帰する事はありませんでしたが、今回の騒動で、明石家さんまさんと島田紳助さんは電話で話をしたそう。

「吉本がなくなったらアカン」と辞めた今でも心配している様ですね。

その思いを受けて、明石家さんまさんはより一層吉本興業をどうにか立て直そうと尽力してくれる事でしょう。

「現在の社長にはお世話になっていないから好きな時に辞めさせてもらう。」とも言っていた明石家さんまさんですが、あの”芸人ファースト”で”お笑い怪獣”の明石家さんまさんが、今の状態で辞めてしまうとは到底思えませんよね。

穏便に、というのは難しいかもしれませんが、1日も早く、吉本興業に関わる問題が解決に向かう事を願うばかりです。

大崎会長と松本人志の関係は?プールでの約束と兄貴と慕う絆の真実を調査!まとめ

大崎会長と松本人志の関係は?プールでの約束と兄貴と慕う絆の真実を調査!と題してお送りしましたがいかがでしたか。

今回の騒動で表舞台に出たのは岡本社長のみで、大崎会長の人となりは隠れがちfでしたが、松本人志さんとの関係などを知ると大崎会長がこれまで吉本興業の為に芸人の為にどれほど努力を重ねてきたのか、人望が厚い理由が分かりました。

早く事態が収束し、以前のように素敵な笑いを世間に届けてほしいですね。

最後までご覧いただき有難うございました!

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